チェルノブイリ医療支援ネットワーク トップページチェルノブイリ支援運動・九州 トップページ
 > トップ通信No.50 (2)
チェルノブイリ通信 No.50 (2)
2001年8月4日発行
特集 「〜原発事故から15年〜チェルノブイリからの報告会」開催
・報告・第9回ストーリン地区病院での検診から
走れ雪だるま号
チェルノブイリ支援運動・九州 第11回総会

報告・第9回ストーリン地区病院での検診から
〜果たしえた成果と越えていくべき課題〜

 九回目の検診が終った。以前は多くのトラブルを抱えながら行われたこの活動も、五年目ともなると、すっかり役割分担や手順も確立され、検診は淡々と行われていく。
 しかし、そんな検診のなかにも、毎回、何らかの変化や出来事が起こる。医者から患者まで、いろいろな人が関わるこの検診の様子をお伝えする。

これまで行われたほとんどの検診に参加しているアルツール医師は、この場を通して最も技術を高めた一人。日頃、ベラルーシの各地で甲状腺の検診を行っている彼は、日本の医師から学んだことを、すぐに実践することができた。
 検診初日、彼は真っ先に臨床検査技師(細胞検査士)の佐々木栄司さん(伊藤病院)の方に歩み寄った。手には、三つの箱を持っている。
 箱のなかには、彼自身が高めた技術の成果がぎっしり詰まっていた。
 「吸引穿刺」という甲状腺の細胞を抜き取る技術がある。その吸引穿刺を習得した彼は、すでに日々の検診の場でそれを実践しており、箱の中には、彼が採取した細胞が収められたプレパラートが入っていた。
 細胞検査士である佐々木さんに、その細胞を診て欲しい、それがアルツールさんの要望だった。その数およそ170枚。突然の依頼に、佐々木さんは検診の傍らで時間を見つけ、ひたすら検鏡に励むことに。
 後で佐々木さんに聞いたところによると、アルツール医師が持参したプレパラートのうち、3枚にガン細胞が発見されたという。
 さて、検診初日にいきなりアルツール医師から170枚ものプレパラートを渡された臨床検査技師の佐々木さんだが、彼もまた日本から160枚近くのスライドを持参していた。  良性の細胞から多様な像を呈するガン細胞に至るまで、あらゆる甲状腺の細胞が収録されたそのスライドを、現地の医療関係者に見せ、解説するためだった。
 ストーリン地区病院で日本の医療関係者による講義を行うこと。それは以前からの懸案だったが、検診に追われる限られたスケジュールのなかでは、時間と場所の確保が難しく、これまでは見送られてきた。
 今回も、スライドを映すプロジェクターが準備できるか分からず、講義ができるかどうかは現地に行くまで分からなかった。
 多忙を極める検診に加えて、講義を行うというのは、熱意がなければできるものではない。今回で二度目の参加となる佐々木さんは「適切な細胞診」の必要性を感じていた。そもそも細胞診は悪性腫瘍(ガン)を見つけるためのものだが、良性の腫瘍など手術をしなくても良い症例をフォローする為の手段でもある。「検診では必然的にガンを見つける方が重視されがちだが、本来はむしろ良性を良性と診断できることに大きな意味がある。」と佐々木さんは語る。
 この適切な細胞診が現地で根づけば、甲状腺を摘出する手術は減少する。「だからこそ細胞診を中央よりも地方の検診場所で根付かせるべきなのです。そうすれば経済的に厳しいベラルーシで無駄な手術での出費もなくせます。それを意識して欲しいから、まず一歩前へという気持ちで講義をしました」
 人々の善意により、国境を越えて行われる検診活動を見ていると、医療に国境はないのだなと思える。
 だが、どうやらそれは幻想らしい。長い時間をかけて越えていくべき医療の国境線は確かに存在する。そのことを痛感させられる出来事があった。
 検診二日目の午後、21歳の一人の女性が検診を受けにきた。片桐誠医師(永寿総合病院副院長)によるエコーによる診断のなかで、良性の腫瘍が確認されたが、それは片桐先生での判断では、摘出手術を必要とするものではなかった。しかしこの女性はすでに「ミンスクの甲状腺がんセンターで手術を受けることになっている」と言う。
 甲状腺を摘出するか、しないか。甲状腺ガンが多発する国ベラルーシでは、そこにいつも悲劇がつきまとう。身体の成長に不可欠なホルモンを分泌する甲状腺を摘出されてしまえば、一生ホルモン剤で補っていかなければならない。だらか摘出しないですむなら、しないほうがいい。佐々木さんが指摘するように、「適切な細胞診が行われていれば、良性の腫瘍でも手術を必要としない場合が多い」
 しかしベラルーシでは、術前の細胞診も十分でなく、良性の腫瘍でも摘出してしまう。旧ソ連の医師免許を持つ医療通訳・コーディネーターの山田英雄さんの印象でも「明らかに取り過ぎ」。  ここで浮き彫りになるのが、医療の国境線だ。片桐先生は、手術の必要はないと判断した。ベラルーシの医師の判断では、摘出手術を必要とし、すでに手術の日取りまで決まっている。  この状況のなかで、異国の検診チームである私たちは「手術をするべきではない」という診断を押し付けるわけにはいかない。現地の医師の診断に対して配慮しなければならないし、手術を受けるか否かの判断は、患者にすべて委ねられる。
 だが、やるせなさは残る。
 「あれで切り取っちゃったら、罪だよ」
 検診後、片桐先生がふと洩らしたその一言に、国際間の医療支援の難しさが凝縮していた。
 医療の国境線の壁を前に、もどかしさ漂うその場で一人、「手術をすべきではない」と明確に発言したのは、リューダだった。現地の医療支援スタッフとして、移動検診にいつも同行している彼女は、15歳の時に甲状腺の摘出手術を受けている。切り取られた甲状腺にガンではなかったことを知ったのは、手術の後。「摘出する必要はなかったのではないか」という疑問を今でも抱いている。
 甲状腺を摘出してから今日まで、彼女はホルモン剤を常時服用している。そして、その服用期間は、「彼女の一生すべて」だ。彼女が生きていく限り飲み続けなければならないその薬が、一生確実に供給される保証はない。今でもベラルーシでは不足することがあるのだから。
 甲状腺の摘出手術を受けなければ、そんな状況に不安を感じる必要はなかった。「同じような失敗を繰り返してはいけない」それが、彼女の体験から生まれた本心だ。自分の体験を生かし、カウンセラーとして心のケアを志したリューダである。自分と同じ年頃の、同じ問題を抱える女性を前に、黙っていることはできなかったのだろう。
 果たして、この女性が、甲状腺の摘出手術を受けたか、どうか。リューダからのアドバイスが、この女性の判断にどのような影響を与えたのか。様々な思惑が交差する検診現場だった。(矢野 宏和)

前のページへ 前の頁へ  次の頁へ 次のページへ
この頁のトップへ 上へ
■NPO法人 チェルノブイリ医療支援ネットワーク
  Chernobyl Medical Support Network
  〒811-3102 福岡県古賀市駅東2-6-26 パステル館203号
  TEL/FAX   : 092-944-3841  e-mail : jimu@cher9.to
  Copyright © 2011 Chernobyl Medical Support Network All Reserved.
ベラルーシ料理と民芸品の部屋
今後の予定原発事故支援運動・九州移動検診出版物通信リンクサイトマップ